【問題と目的】

  人は無垢で何も知らない状態で生まれてくるが、母親や父親、その他周りの人たちに囲まれ、その中で、信頼感という「人を安心して信じ頼ることができる気持ち」を育んでいく。しかし、近年、虐待やいじめ、受験戦争など、青少年を取り囲む環境は過酷であり(天貝,2001)こういった環境が子どもに与える影響として、信頼感をきちんと育めないことや、過剰な対人不信や猜疑心を持つようになることが挙げられるだろう。
 過剰な対人不信や猜疑の念を抱いていると、他者の言動を悪意を持って認知・解釈しやすい(池上,1987)。このような対人知覚過程において、他者に不適切に悪意の帰属を行いやすい傾向をパラノイド傾向とよぶ(渡辺・大渕,1986)。パラノイド傾向が高い人は怒りやすくて(後藤・倉戸,1997)、攻撃性が高く(藤田・真田,2000)、他者の挑発に対して、過剰に攻撃的に報復することが明らかになっている(大渕,1984、Dodge,1982,1987)。そして、この認知スタイルは、信頼感を獲得できない敵対的な対人関係を繰り返すことで徐々に強化される悪循環的なものであると考えられる(Dodge&Frame,1982)。また、滝村(1991)はパラノイド認知傾向を測定する尺度を作成した。その結果、パラノイド得点には性差が見られ、パラノイド認知傾向は女性よりも男性の方が高いことが明らかになった。また、一般の青年よりも、非行少年・少女の方がパラノイド傾向が高いことも明らかになっている。本研究においても、性差が見られることが予想される。よって、パラノイド傾向における性差の確認を第一の目的とする。滝村(1991)はパラノイド傾向を「他者に対して不適切に悪意の帰属を行う性質」と定義している。よって、本研究ではパラノイド傾向を「対人不信感情や社会的猜疑心に基づき、他者に対して不適切に悪意の帰属を行う傾向」とする。
 パラノイド傾向の高い人は、怒りやすいということが明らかになっているが、それを表出しない人もいるだろう。Harburgら(1980)は、怒りを表に出さない「怒り内向型」と怒りを表に出す「怒り外向型」の2つのタイプがあることを見出した。「怒り内向型」とは、内心不満が多いがそれを表には出さないことを指し、「怒り外向型」とは、不満や不平を抱きやすく、また、それを表に出すことも多いことを指す。本研究では、よりわかりやすくするために、「怒り内向型」を「怒り抑制型」、「怒り外向型」を「怒り表出型」と表示することにする。
 さて、私たちの周りには多くの人間関係があり、さまざまな人づきあいがあるが、他者を信じられず、自分に関わる人に対して悪意の帰属を行うパラノイド傾向の高い人は、どのように他者と関わっているのだろうか。そこで、本研究では、パラノイド傾向の高い人がどのような他者との関わり方(対人方略)をしているのかを取り上げる。  なお、ここでの他者とは友人とする。それは、青年期は心理的離乳の途上にあり、親との関係は児童期のように密着したものではなくなり、青年が頼りにする相手や悩みを打ち明ける相手は次第に親から友人へと変化していき、友人との付き合いが大部分を占めると考えられるからである。
 落合・佐藤 (1996)は、青年期の友人との関わり方は4パターンに分けられ、広い−狭い・深い−浅いの2次元で構成されているとしている。中学生と比べて、大学生の友人とのつきあい方は、「自己開示し、積極的に相互理解しようとするつきあい方」が顕著に表れ、「みんなと同じようにしようとするつきあい方」や「誰とでも仲良くしていたいというつきあい方」が、あまり見られないつきあい方であるという。大学生になると、友人とは、本音を出し合い、互いに分かり合えるようなつきあいをしようとしていて、そのため、自分の内面について話すことができるような友人を選ぶようになることを意味している。大学生にとって友人とは、単に行動を共にする仲間であるだけではなく、心理的な支えとなるような深い関わりを相手に求めるようになる。つまり、大学生が友人と関わるとき、「深く狭く関わるつきあい方」が多く見られるのである(落合・佐藤 1996)。
 しかし、この「深く狭く関わるつきあい方」は、根底に友人との相互の信頼が存在すると思われる。一方、パラノイド傾向の高い人は、対人不信感情を抱き、他者の言動を邪推しがちなので、人間関係に誤解を生じさせたり、些細なことから不必要な対立を招く。そのため、友人とは深く関わらず、「浅く狭く関わるつきあい方」をしているのではないだろうか。そこで、本研究では、パラノイド傾向が高い人の対人関係(対人方略)を明らかにすることを第二の目的とする。
 次に、人づきあいから得られるものには様々なものがあるが、その中でも、他者から得ている有形/無形の諸種の援助(ソーシャル・サポート)はストレスを低減させ、精神の健康・安定に影響を与えるものである。このソーシャル・サポートは人づきあいの中でし か、獲得することができない。そのために、人間関係を維持しようと「怒り抑制型」の人は怒り感情が喚起しても人間関係の崩壊を恐れて表出せずに、非攻撃的な行動を取っているのではないのだろうか。つまり、「怒り抑制型」の人は怒りを表出しやすい「怒り表出型」の人よりも、落ち込んでいるときの励ましなどの他者からのソーシャル・サポートを必要だと感じ、そのために人間関係を維持しようと怒り感情を表出しないのではないのだろうか。ここでは、こういった他者からサポートを得たいという欲求をサポート欲求と呼ぶことにする。  最後に、パラノイド傾向が強く、怒りを表出しやすい「怒り表出型」の人は他者からのソーシャル・サポート欲求が低いと考えられるので、たとえ、「浅く狭く関わるつきあい方」をしていても、精神的健康へのマイナスの影響はそれほど大きくないが、パラノイド傾向が強く怒りを表出しない「怒り抑制型」の人は、他者からのソーシャル・サポートへの欲求感が高いと考えられ、「浅く狭く関わるつきあい方」をしていると、現実と欲求とのズレが生じ、欲求不満事態に陥り、精神的健康へのマイナスの影響は大きいのではないだろうか。  本研究での目的は以下の通りである。

第一の目的
パラノイド傾向における性差を確認する。

第二の目的
パラノイド傾向が高い人の対人関係(対人方略)を明らかにする。

第三の目的
パラノイド傾向は高いが、怒りの表出をしない「怒り抑制型」の人は、怒りを表出しやすい「怒り表出型」の人よりも、ソーシャル・サポートの欲求が高いかどうかを明らかにする。

第四の目的
パラノイド傾向の高い人における「怒り抑制型」の人は、ソーシャル・サポート欲求が高いので、精神的健康度が低いかどうかを明らかにする。




【仮説】

 
 以上に述べたことを踏まえ、本研究では以下の仮説を立て、これらをもとに検討を進めた。

【仮説1】:男性の方が女性よりもパラノイド傾向が高い。
      

【仮説2】:パラノイド傾向の高い人は、低い人よりも対人
不信感情を抱き、他者の言動を邪推しがちなので、
友人とは深く関わらず、「浅く狭く関わるつきあ
      い方」をしているだろう。


【仮説3】:パラノイド傾向の高い人で、怒りを表出する「怒り
      表出型」の人よりも、怒りを抑える「怒り抑制型」
      の人の方が、ソーシャル・サポート欲求は高いだろう。


【仮説4】:パラノイド傾向の高い人で、「怒り抑制型」は、
      ソーシャル・サポート欲求が高いため、精神的健康         
      度が低いだろう。


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